河原崎書店

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正岡子規と当店

俳句、短歌に大きな影響を与えた正岡子規は、明治22年4月、友人と水戸を訪ねました。

その折のことをまとめたのが『水戸紀行』です。
その中に、子規の宿泊した「銚子屋」のことが記されていますが、当店はその「銚子屋」の跡地にて営業させて頂いております。

銚子屋と河原崎書店

水戸紀行より(1)

子規らの泊まった銚子屋跡(河原崎書店旧店舗)

 

取手、吉田、小泉、谷中と過ぎて水戸橋を渡り藤代にいるのだが、道行く商人に次の宿場のことを尋ね、藤代のいり口で別れた。まだ日は高いし、もったいないような気がして牛久までは足をのばそうと思ったが、これまで八里をあるいて、相当にくたびれているので藤代に泊まることに決めた。
この宿場には宿屋が二軒あるだけで、さびしい町である。一軒は銚子屋、もう一軒は永田屋といった。子規らは銚子屋のほうに宿をとった。藤代旧街道、役場のいり口にある河原崎書店というのが銚子屋の跡と教えられて行ってみる。
4,5年前、ビルに建て替えられたので、昔の面影はまったく残っていない。当主は河原崎実さんといって、書籍・教科書・事務用品等を手広くやっているが、銚子屋の直系ではないそうである。銚子屋は、常磐線開通で泊り客がなくなって居酒屋に転業してしまったという。

 

水戸紀行より(2)

銚子屋の旅人宿免許札

 

銚子屋の裏は畑になっており、そこには本陣があった。のち、これは役場になった。銚子屋のほうが脇本陣で、のち宿屋を営んだという。
子規の泊まったのはこの宿屋である。湯に行って寛いだが、夜になると寒くてのばした足が縮ほどだったという。
田舎の宿屋こととて食膳などもむさくるしいものであったが、それでも昼飯にくらべるとうまいほうで、食べ終わるとすぐ床をしかせてもぐり込み、寒さを忘れたが、枕が硬くて閉口したと子規は書いている。

 

水戸紀行より(3)

水戸紀行より(3)

 

ここで会っていろいろ話をうかがった人は藤代短歌会を主催する福田稔夫氏、また同氏の紹介で藤代公民館長渡辺清氏、牛久沼の藤代側の渡舟宿だった伊勢屋鈴木旭氏などであった。

いずれも古い話をきかしてくれ、貴重な資料を提供してくださって、大きな収穫であった。

 

水戸紀行より/石碑


正岡子規の石碑・表

河原崎 実氏が建立した
正岡子規の石碑・表
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正岡子規の石碑・裏

河原崎 実氏が建立した
正岡子規の石碑・裏
(クリックすると拡大します)